「攻めの予防医療」という言葉が2026年の政策文書に登場し始めています。現場のリハビリ専門職にとって、これは遠い政策の話ではありません。診療報酬・介護報酬・補助金の設計に直結するキーワードであり、リハビリテーションそのものが政策上の主役として位置づけられつつあります。
リハビリテーションが「治療手段」ではなく「予防政策」として、骨太の方針レベルで明記されました。病院でリハビリをする、という枠を超えて、地域の予防の場でリハ専門職が動くことを国が政策として位置づけた——これが今回の核心です。
この記事では、「攻めの予防医療」とは何か、なぜ今このタイミングで登場したのか、そしてPT・OT・STの仕事とどう接続しているのかを整理します。
① 「攻めの予防医療」とは何か
まず言葉の意味を整理します。
単なるスローガンではなく、骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)に盛り込まれた政策用語です。骨太の方針は予算編成・制度設計の大方針であり、ここに記載されたキーワードは診療報酬・介護報酬・補助金の設計に反映されていきます。
厚労省が示した「攻めの予防医療」の6本柱
2026年5月22日に開催された経済財政諮問会議で、上野厚生労働大臣は「持続可能な社会保障制度の構築に向けて」と題する資料を提出しました。その中で「攻めの予防医療」の推進策として、以下の6つの柱が明示されています。
| 柱 | 主な内容 |
|---|---|
| 栄養・食生活 | 疾病リスクの低減に資する健康的な食事の発信、自治体・保険者・産業界との連携 |
| がん・循環器病等 | 就労状況に応じた検診・健診の受診勧奨強化、大臣指針の改正による職場での受診勧奨促進 |
| 歯科保健 | 生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の推進、簡易な口腔スクリーニングの支援 |
| 認知症 | 早期診断・早期対応の社会実装モデル事業、超早期対応を可能にする医療提供体制の研究 |
| 🟢 リハビリテーション | 地域ケア会議・住民運営の通いの場等へのリハビリテーション専門職等の関与を促進、高齢者保健事業との一体的実施を推進 |
| 性差に由来するヘルスケア | 更年期世代の女性に対応する医療の推進、男性の中高年期の健康課題への対応 |
出典:経済財政諮問会議 資料4「持続可能な社会保障制度の構築に向けて」(上野臨時議員提出資料・2026年5月22日)
「攻めの予防医療」で期待される効果
厚労省が5/22の資料で明示している期待効果は2点です。
国が期待しているのは「病気になった後の回復」だけではなく、「なる前に防ぐ」段階での関与です。通いの場・地域ケア会議へのリハ専門職の参加は、この文脈で求められています。今後の介護報酬改定でどのように評価されるかは未定ですが、地域予防への関与を重視する方向性は資料から読み取れます。
② なぜ今なのか——2040年問題とリハビリの役割
「攻めの予防医療」が今このタイミングで政策化される背景には、日本が直面する構造的な問題があります。
| 時期 | 何が起きるか | リハビリへの影響 |
|---|---|---|
| 2025年 | 団塊世代が全員75歳以上に(後期高齢者の急増) | フレイル・認知症・要介護者が急増。リハニーズが拡大 |
| 2026年 | 診療報酬・介護報酬改定。「攻めの予防医療」が骨太に登場 | 早期介入・アウトカム重視への制度シフト |
| 2040年 | 高齢者人口がピーク(約3,900万人)。生産年齢人口が急減 | 支える人が減る中で、予防・早期介入の重要性が最大化 |
| 2040年以降 | 医療・介護費が現在の水準を大幅に上回る見通し | 重症化を防ぐリハビリの経済的価値が政策上の根拠になる |
- 骨太2026閣議決定(2026年6月予定):「攻めの予防医療」がどこまで具体化されるか。リハビリテーションへの言及が維持・強化されるか
- 令和9年度介護報酬改定:地域ケア会議・通いの場へのリハ専門職関与が報酬として評価されるか
- リハビリテーション統括調整室の動き:「攻めの予防医療」の実装に向けた具体的な施策調整が進むか
- PT・OT法改正の議論:地域予防の担い手としてのリハ専門職の法的位置づけが見直されるか
2040年には高齢者人口が約3,900万人に達すると見込まれています。問題は高齢者が増えることだけではありません。同時に医療・介護を支える生産年齢人口が減少します。つまり「支える人が減るのに、支えられる人は増える」という状況です。
この構造的な問題に対する一つの答えとして、厚労省は「攻めの予防医療」を掲げています。在宅医療の拡大、フレイル対策、地域包括ケアの深化——いずれも「リハビリテーション専門職が病院の外で動く」ことを前提とした政策です。同時に、医療費抑制の圧力の中で「治す医療」から「支える医療・予防する医療」への転換が求められています。
こうした構造変化の中で、病院・介護・地域をまたいで動けるリハビリ専門職の存在は、政策上の優先課題に浮上してきました。
つまり、リハビリテーションは「医療費がかかるサービス」ではなく、「医療・介護費の増加を抑える投資」として政策的な期待を集め始めています。
③ リハビリテーションとの3つの接点
「攻めの予防医療」が目指す早期介入・重症化予防は、PT・OT・STの専門性と直接つながっています。
④ 統括調整室・議連との関係——政策を動かす2つの基盤
「攻めの予防医療」は、すでに動き出している2つの政策基盤と連動しています。
リハビリテーションを考える議員連盟(政治的後押し)→ リハビリテーション統括調整室(厚労省内の政策調整)→ 攻めの予防医療(制度への落とし込み)、という流れで整理すると見通しがよくなります。
リハビリテーション統括調整室(2026年5月設置)
厚労省内にリハビリ政策を一元的に調整する組織として設置されました。これまでバラバラだったリハビリ関連の政策が、一つの調整の場に集まることで、「攻めの予防医療」の制度的な実装が進みやすくなります。「決める力はない、でもリハビリ政策を一か所で束ねる土台ができた」と表現される組織です。
リハビリテーションを考える議員連盟(247名・2026年時点)
2013年に10名で発足し、2026年には247名規模に成長した超党派の議連です。「攻めの予防医療」を政治課題として後押しする役割を担います。247名という規模は、骨太の方針や診療報酬改定の方向性に影響を与えうる数字です。
⑤ 現場への影響——職種・職場別に考える
「攻めの予防医療」は今すぐ給料が上がる話でも、明日から業務が変わる話でもありません。ただし職場によって関係の深さは異なります。
| 職場・職種 | 関係の深さ | 具体的な変化の可能性 |
|---|---|---|
| 訪問リハ | 🟢 高い | 通いの場・地域ケア会議への関与促進が直接的に影響。介護予防領域での活動がさらに求められる可能性 |
| 老健・通所リハ | 🟢 高い | フレイル予防・地域ケア会議との連動が強まる。地域の予防拠点としての機能が評価される方向 |
| 急性期病院PT | 🟡 中程度 | 直接的な影響は今のところ少ないが、退院後の地域連携・予防への意識が求められる流れが続く |
| 回復期・地域包括ケア病棟 | 🟡 中程度 | 「治す」から「生活に戻す・予防する」への意識転換は、地域包括ケアの方向性とも一致する |
| 民間リハ施設・スポーツ | ⚪ 現時点では低い | 保険外領域での介護予防サービスの需要増加という間接的な影響はあるかもしれない |
⑥ 結局、リハ職に関係あるの?
厚労省は「病気になった後のリハビリ」だけでなく、「病気になる前の予防」にもリハ専門職を位置づけ始めています。地域ケア会議・通いの場・フレイル予防——これらが国の政策文書に「リハビリテーション専門職の役割」として明記された事実は、軽くない意味を持ちます。
ただし現時点では、法律や報酬の仕組みがまだ追いついていません。今後の骨太閣議決定・介護報酬改定・PT・OT法改正の動きをウォッチしながら、自分の職場での動き方を考えておくことが現実的な対応です。
⑦ 骨太2026から読む今後
令和8年7月21日、骨太方針2026が閣議決定されました。
「攻めの予防医療と疾病対策」の章には、原案(6月30日公表)の段階からすでに「予防・医療・介護を通じた切れ目のないリハビリテーション」という一文が明記されていました。5月22日の経済財政諮問会議資料の内容が、原案を経て確定版までそのまま踏襲された形です。
閣議決定された確定版では、この一文に新たな脚注が加わりました。「効果的な訪問リハビリテーションの充実を含む」という記述です。原案の時点ではこの脚注は存在せず、閣議決定までの間に加わった変化です。
中核となる文言自体は5月の段階から一貫していますが、訪問リハビリテーションという具体的な言葉が確定稿で名指しされたことは、今後の議論を追ううえで一つの手がかりになりそうです。
この「予防・医療・介護を通じた切れ目のない」という表現は、④章で触れたリハビリテーション統括調整室と重ねて読むと見え方が変わります。統括調整室では、訪問リハビリテーションは「処遇改善の目詰まり解消」を担当領域の一つとしています。骨太確定版で新たに加わった「効果的な訪問リハビリテーションの充実を含む」という脚注は、まさにこの担当領域と重なる内容です。組織の権限範囲として整理されていた仕事の中身が、政策文書レベルで一つ具体化した形とも読めます。
統括調整室(5月設置・組織)と骨太方針(6〜7月・文言)が近い時期に足並みを揃えて出てきたことは、単発の政策文書の話ではなく、「予防・医療・介護の垣根を越える」という一つの方向性が、組織づくりと文書づくりの両方で並行して進んでいることを示しています。
🔍 ここから先、何を見ていくか
- 令和9年度介護報酬改定:訪問リハビリテーションの評価が、この脚注を根拠に見直しの対象として取り上げられるかどうか。脚注段階の言及であり、加算や基準の変更を約束するものではありません
- 社会保障審議会介護給付費分科会の議論:骨太方針の記述がどのタイミングで審議会の検討事項に反映されるか。通常、骨太方針から実際の報酬改定議論に落ちるまでには数か月〜半年程度のラグがあります
- リハビリテーション統括調整室の動き:この脚注を具体的な施策として調整していく役割を担うのか、単なる文言の充実にとどまるのか
骨太方針への明記は、あくまで方向性を示すものであり、それ自体が予算や制度の確定を意味するわけではありません。ただ、①〜⑥章で見てきた「攻めの予防医療」6本柱の中でも、訪問リハビリという具体的なサービス類型が名指しされたのは今回が初めてです。この先の審議会資料を継続して確認していきたいところです。
一次資料:
経済財政運営と改革の基本方針2026(令和8年7月21日閣議決定)
厚生労働省公式X(統括調整室設置・2026年5月19日)
※「訪問リハビリテーション=処遇改善の目詰まり解消」という担当領域の整理は、reha-tool.jp内のリハビリテーション統括調整室とは何かですでに記事化済みの内容です。⑦章では重複を避けて簡潔な言及に留めています。