2026年、リハビリに関わる政策の動きが急速に加速しています。リハビリテーション統括調整室の設置、PT・OT法見直しの議論、骨太方針への反映——これらの動きの出発点には、ひとつの議員連盟があります。

この記事では「リハビリテーションを考える議員連盟」の設立経緯、規模の変遷、主要メンバー、そして2026年の動きまでをまとめます。Wikipediaにも掲載のない情報を一次ソースから整理しました。

📋 13年間、何も起きなかったわけではない
2013年に10名で始まった議連は、処遇改善・PT・OT法改正・リハビリ推進体制の整備を訴え続けてきました。そして2026年、ついにリハビリテーション統括調整室の設置、PT・OT法改正の議論、骨太方針への反映という形で動きが表に現れ始めています。今起きていることは偶然ではありません。

議員連盟とは

議員連盟(議連)とは、特定のテーマに関心を持つ国会議員が超党派または党内で集まって組織する任意の団体です。法的な強制力はありませんが、政策立案や省庁への要請活動を通じて、実際の制度変更に影響を与えることがあります。

「リハビリテーションを考える議員連盟」は、リハビリテーション政策の推進を目的とした自民党系の議連で、日本理学療法士協会および都道府県理学療法士会による推薦活動を背景に発足した組織です。

設立の経緯

議連は2013年11月に設立されました。設立目的は「我が国におけるリハビリテーションのあり方を考えること」。都道府県理学療法士会から推薦された自民党所属衆議院議員が集まってできた組織です。

発足当初の参加議員は10名程度と、ごく小さな出発でした。この議連立ち上げの中心にいたのが、当時のPT協会会長・半田一登氏でした(詳細は後述)。

規模の変遷

最初はたった10人だった

総会を重ねるごとに参加議員数が拡大してきました。特に選挙後のタイミングで大幅増加が見られます。

時期参加議員数備考
2013年(設立時)約10名第1回総会
2016年11月(第3回)約90名
2018年1月(第4回)110名丹羽会長退任・鈴木俊一会長就任
2023年12月(第8回)166名
2025年5月(第11回)181名
2026年4月(第13回)247名2026年衆院選後に69名が一気に入会

直近の衆院選後に69名が一気に入会しています。選挙のたびに議員が増えていく構造になっており、2026年には247名という規模になりました。衆参両院を合わせた国会議員数から考えると、自民党内でも有数の規模を持つ政策議連の一つとなっています。

主要メンバー

初代会長:丹羽雄哉議員

議連の初代会長は丹羽雄哉元衆議院議員です。厚生大臣(第75・83・84代)、自民党総務会長を歴任した医療・社会保障分野の重鎮で、議連発足時から会長を務めました。

2017年の衆議院解散に伴い政界を引退。2018年1月の第4回総会をもって会長を退任し、相談役として引き続き議連に関わることになりました。

現会長:鈴木俊一議員(第4回総会・2018年1月より)

第4回総会(2018年1月)より会長を務めているのが鈴木俊一議員です。父は第70代内閣総理大臣の鈴木善幸氏、姉が麻生太郎元首相夫人という自民党の重鎮です。1996年に厚生政務次官、その後衆議院厚生労働委員長、自民党社会保障制度調査会長を歴任し、現在は自民党幹事長を務めています(2026年5月31日現在)。

リハビリ専門職ではありませんが、医療・社会保障分野に長年携わってきた議員であり、看護問題対策議員連盟副会長、栄養士議員連盟会長代理、柔道整復師連盟顧問団世話人など、医療福祉系の議連を複数兼任しています。

「なぜこの人が会長なのか」という問いへの答えは、社会保障・厚生行政のベテランとして医療福祉系議連の旗振り役を担ってきた人物だから、ということになりそうです。この人物が会長を引き受けたことで、議連としての政治的な重みが生まれたと言えます。

幹事長:田野瀬太道議員

幹事長は田野瀬太道議員(奈良3区・衆議院6期)。元文部科学副大臣で、父は元自民党総務会長の田野瀬良太郎氏です。リハビリ専門職ではありませんが、2018年の第4回総会から事務局として議連運営に関わっており、2026年5月13日の衆院厚生労働委員会でPT・OT法の見直しと独立開業規定の整備を質疑した本人です。

事務局長:小川克巳参議院議員(理学療法士)

事務局長は小川克巳参議院議員。現参議院厚生労働委員長でもあります。2001年から通算24年間、日本理学療法士協会の理事・副会長を務めた後、2016年に初当選しました。しかし2022年参院選で落選し、一度議席を失います。

その後、2025年1月に参議院比例代表の繰り上げ当選により国政復帰。現在は参議院厚生労働委員長として活動しています。

田中昌史議員(理学療法士)

小川議員が2022年参院選で落選した後、2023年1月に参議院比例代表の繰り上げ当選で国政入りしました。この間、およそ半年間PT出身の国会議員が不在となる時期がありました。田中議員の当選によりその空白が埋まり、PT出身議員の活動が継続されることになります。2026年の衆院選では比例東京ブロックで衆議院議員に当選。専門職出身の議員として政策形成に関わっています。

📋 専門職議員と議連が連動
議連幹事長が国会で質疑し、事務局長を務める小川議員はPT出身の厚労委員長、さらに田中議員も衆院で活動するなど、専門職議員と議連運営が連動しながら政策形成に関わる体制が広がっています。

一貫して訴えてきたテーマ

2013年の発足から、議連が一貫して訴えてきたテーマがあります。

2026年の第13回総会では7項目を決議し、関係省庁に強く要請しています。PT・OT法改正は60年越しの悲願であり、2026年に田野瀬幹事長が衆院厚労委で質疑したことで、ついに国会審議の俎上に乗り始めました。2025年5月には「リハビリテーション全国地方議員の会」も設立され、国会から地方へと展開し始めています。

PT・OT法改正とリハ政策が動き始めた2026年

2025年6月、骨太方針2025に「リハビリテーションの推進・充実」という文言が盛り込まれました。自民党政調全体会議の場で小川・田中両議員が働きかけた結果です。これが2026年の動きへの助走となりました。

2026年に入り、関連する動きが急速に加速しました。

日付動き
2月20日高市総理、施政方針演説で「攻めの予防医療」を国家戦略として打ち出し
4月22日リハビリ議連第13回総会(247名)、PT・OT法60年ぶり改正・処遇改善など7項目を関係省庁に要請
5月13日田野瀬議員、衆院厚労委でPT・OT法の見直し・独立開業規定の整備を質疑
5月18日自民党「攻めの予防医療」関係合同会議
5月19日上野大臣、省内に「リハビリテーション統括調整室」設置を発表
5月22日第7回経済財政諮問会議、上野大臣提出資料(資料4)でリハビリを「攻めの予防医療」の6本柱の1つとして明記。栄養・がん・歯科・認知症・性差医療と並ぶ位置づけ
5月25日上野大臣、慶應病院・初台リハ病院を視察し処遇改善に意欲。佐藤副長官、骨太2026への反映を表明
2026年夏骨太2026・日本成長戦略に「攻めの予防医療」として反映予定

骨太2026の原案は例年6月中旬に出てきます。リハビリがどう位置づけられるか、引き続き注目が必要です。

議連の生みの親:半田一登元PT協会会長

一連の動きの陰の功労者として挙げておきたいのが、半田一登元PT協会会長です。

1971年九州リハ大学校卒業、合格率わずか9.7%の国家試験に合格した日本の理学療法黎明期を生きた人物です。1987年にPT協会理事に就任し、2007年から約11年間会長を務めました。チーム医療推進協議会代表、訪問リハビリテーション振興財団理事長なども歴任しています。

リハビリ議連が設立されたのは2013年、半田会長在任中のことです。PT協会が都道府県から議員を推薦し、議連を立ち上げた、その動きの中心にいた人物です。表舞台には出てきませんが、今の動きの土台を作ったのはこの人だと言えます。

まとめ

2013年10名で始まった議連が、2026年に247名になりました。その間ずっと同じテーマを訴え続け、13年かけて今の動きにつながっています。

リハビリテーション統括調整室の設置、PT・OT法見直しの議論開始、骨太2026への反映——これらは偶然ではなく、長年の積み重ねの結果です。

骨太2026の原案は6月中旬に出る予定です。リハビリ政策がどこへ向かうのか、その変化を現場の視点から追い続けたいと思います。

参考・一次ソース

  • 高市総理施政方針演説(2月20日):kantei.go.jp
  • リハビリ議連第13回総会(4月22日):pt-ot-st.net
  • 田野瀬議員質疑(5月13日):1post.jp
  • 自民党合同会議(5月18日):jimin.jp
  • 統括調整室設置(5月19日):pt-ot-st.net
  • 第7回経済財政諮問会議 議事次第(5月22日):www5.cao.go.jp
  • 上野大臣提出資料4「持続可能な社会保障制度の構築に向けて」(PDF):PDF直リンク
  • 小川克巳議員ブログ(第3回総会・第4回総会):ogawa-katsumi.com
  • 骨太2025へのリハ文言反映(2025年6月):ogawa-katsumi.com
【2026年5月31日訂正】当初「設立当初から鈴木俊一議員が会長」と記載していましたが、初代会長は丹羽雄哉元衆議院議員であり、第4回総会(2018年1月)より鈴木俊一議員が会長に就任していたことが確認できたため訂正しました。