介護業界の人手不足が語られるとき、「離職率の高さ」が原因として挙げられることが多くあります。しかし令和7年度介護労働実態調査(公益財団法人介護労働安定センター、令和8年7月29日公表)を見ると、話はそう単純ではないことがわかります。離職率と、人手不足の実感を生んでいる要因は、必ずしも同じ場所にありません。
1. 離職率はむしろ低い水準にある
訪問介護員・介護職員を合わせた2職種計の離職率は12.4%で、前年度から横ばいでした。厚生労働省「雇用動向調査」による令和6年の全産業平均離職率14.2%と比べても、介護分野の離職率はここ数年、全産業平均より低い水準で推移しています。
従業員の定着状況を尋ねた設問でも、「定着率が低く困っている」と回答した事業所は18.7%にとどまり、「定着率は低くない」が73.1%を占めました。数字だけを見れば、介護現場は「人が辞めていく職場」というより「人が辞めない職場」に近いといえます。
ただし、この「低さ」は現場一律のものではありません。事業所ごとの離職率分布を見ると、離職率が20%以上の事業所は23.9%を占めます。全体平均の12.4%だけを見ていると、約4分の1の事業所が抱えている厳しい状況が見えなくなります。
サービス系型別でも差があります。「定着率が低く困っている」事業所の割合は、施設系(入所型)で27.7%、居住系で23.7%と高く、訪問系は18.5%にとどまりました。介護現場全体を一括りにするのではなく、施設系・入所型ほど定着の課題が重い、という構造として捉えたほうが実態に近いようです。
2. それでも人手不足感は強まっている
一方で、事業所全体の従業員不足感(「大いに不足」「不足」「やや不足」の合計)は65.8%で、前年度の65.2%からさらに上昇しました。職種別では訪問介護員が82.9%と、7職種の中で最も高い水準にあります。
離職率が横ばい・低水準であるにもかかわらず、不足感は上昇を続けています。この食い違いは、「離職率の高さ=人手不足の原因」という単純化では説明できません。
離職率が低いのに人手不足が続いているということは、「人が辞めている」のではなく、「入ってこない」構造のほうが強く効いている可能性があります。
3. 離職率と有効求人倍率は別の指標
ここで整理しておきたいのは、「離職率」と、しばしば人手不足の文脈で語られる「有効求人倍率」が、そもそも別の統計・別の意味を持つ指標だということです。
- 離職率(介護労働実態調査など):在籍者のうち、1年間に辞めた人の割合
- 有効求人倍率(厚生労働省・一般職業紹介状況/職業安定業務統計):求人数を求職者数で割った値。数字が高いほど「応募が集まりにくい」状態を示します
厚生労働省「一般職業紹介状況」(令和8年5月分)によると、全職業計の有効求人倍率が0.99倍であるのに対し、介護サービス職業従事者の有効求人倍率は3.61倍にのぼります。求職者1人に対して求人が3件以上ある計算で、応募自体が集まりにくい状態が続いていることを示す数字です。
つまり、「辞める人が多いから穴が埋まらない」のではなく、「そもそも応募が来ない」という、離職率とは別の構造の問題が働いている可能性が高いといえます。
そして、この構造をもっとも端的に示しているのは、離職率よりも採用率かもしれません。令和7年度の採用率は14.6%で2年ぶりに上昇しましたが、上昇幅は0.3ポイントと小幅で、報告書自身が「昨年度に続き低い水準」と評しています。辞める人が減っても、それ以上に新しく来る人が増えなければ、現場の不足感は解消しません。離職率12.4%という数字よりも、採用率が14.6%からほとんど動いていないという事実のほうが、今の介護現場を映しているように見えます。
4. 「辞める理由」と「応募しない理由」は別の問題
離職率と有効求人倍率が別の指標であるように、「辞める理由」と「そもそも応募しない理由」も、質の異なる問題として見えてきます。
すでに辞めた人が挙げる理由(令和7年度介護労働実態調査・離職者)は、「職場の人間関係に問題があったため」が27.3%で最も高く、次いで「勤務先の事業理念や運営のあり方に不満があったため」21.0%、「他に良い仕事・職場があったため」17.2%となっています。
今働いている人が抱える悩み(同調査・在職者)は、「人手が足りない」52.3%が突出し、「仕事内容のわりに賃金が低い」38.1%、「昇給がない、少ない」29.9%、「身体的負担が大きい」23.9%と続きます。
参考データについて
まだ働いたことがない人がためらう理由については、公的統計としては見当たりませんでした。参考として、民間企業HELPMAN JAPANが2023年に実施した独自調査では、介護未経験者が就業をためらう理由の半数以上が「心身ともにきつい仕事である」というイメージだったと報告されています(同社調べ、公的統計とは性質が異なる点にご留意ください)。この3つを並べると、離職者は「人間関係」、在職者は「人手不足そのもの」、未経験者は「きつさのイメージ」と、辞める段階・働いている段階・入る前の段階でそれぞれ異なるハードルに直面していることが見えてきます。
5. PT・OT・ST等だけに見える、もう一つの逆説
この「流出ではなく流入不足」という構造は、介護職だけの話ではありません。同じ調査では、PT・OT・ST等(機能訓練指導員)にも興味深い結果が示されています。
PT・OT・ST等の離職率は9.0%で、調査対象7職種の中でも低い部類に入ります(最も低いのはサービス提供責任者・生活相談員の7.8%で、これに次ぐ水準です)。働きやすさ・働きがいの評価では、「働きやすい」73.3%、「働きがいがある」72.5%とともに7職種中トップでした。
ところが、平均月収は281,174円で前年度比-1.0%。他の職種が軒並みプラスで推移する中、PT・OT・ST等だけがマイナスとなっています。離職率が低い部類に入り、働きがいの評価も最も高い職種で、賃金だけが下がっているという結果です。介護業界全体の「離職率は低いのに人手不足」という逆説の中に、さらに一段ねじれた構造が隠れているように見えます。
6. 定着を支えているもの
定着を支えている要因についても、一次資料は具体的な手がかりを示しています。「現在の職場を辞めずに働き続けることに役立っている」取り組みとして労働者が挙げた割合が最も高かったのは、「人間関係が良好な職場づくり」(65.4%)と「有給休暇等の各種休暇の取得や勤務日時の変更をしやすい職場づくり」(65.5%)で、この2つが僅差で並んでいます。
賃金水準の向上への言及がなかったわけではありませんが、割合としては人間関係・休暇の取りやすさが上回っています。職場定着の議論において、軽視できない一次資料の示唆だと考えられます。
観察
人手不足には、少なくとも3つの入口があると考えられます。「辞める人が多い」「入る人が少ない」「必要な人数そのものが増えた」の3つです。今回の調査結果を見る限り、介護分野の人手不足は、少なくとも1つ目の「辞める人が多い」だけでは説明できません。
人手不足対策というと、離職防止策ばかりが注目されがちです。しかし今回の調査を見ると、「定着」と「採用」は別々に考えなければならないことが見えてきます。
リハ科長として人事にも関わっていますが、看護職・介護職・事務職・リハ職の求人を並べて出すと、応募が最も早く集まるのは事務職です。介護職の求人は、なかなか応募が来ません。ただし一つだけ例外があり、デイサービスの介護職だけは別で、応募がすぐに集まります。同じ「介護職」という職種名でも、サービスの種類によって応募の集まりやすさはまったく違うというのが、採用に関わる立場から見えている実感です。今回の調査結果を読むと、その感覚は数字の面からも裏づけられているように思います。
これからの介護人材政策では、離職防止だけではなく、介護を選択肢として見てもらう入口づくりまで含めた視点が求められているように見えます。
資料編
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 介護労働実態調査(令和7年度)公表日 | 令和8年7月29日 |
| 2職種計の離職率(令和7年度) | 12.4% |
| 全産業平均離職率(令和6年・雇用動向調査) | 14.2% |
| 2職種計の採用率(令和7年度) | 14.6%(前年度比+0.3pt) |
| 事業所全体の従業員不足感 | 65.8%(前年度65.2%) |
| 介護サービス職業従事者の有効求人倍率 | 3.61倍(令和8年5月分・全職業計0.99倍) |
| PT・OT・ST等の離職率 | 9.0%(7職種中3番目に低い) |
| PT・OT・ST等の平均月収 | 281,174円(前年度比-1.0%) |
参考・一次ソース
- 公益財団法人介護労働安定センター「令和7年度『介護労働実態調査』結果の概要について」(令和8年7月29日公表):kaigo-center.or.jp
- 厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年5月分)について」参考統計表:mhlw.go.jp
- HELPMAN JAPAN「介護職のイメージに関する調査資料」(2023年、民間調査):helpmanjapan.com