TUG(Timed Up and Go Test)とは何か

TUGは、椅子から立ち上がり、3m歩いて折り返し、再び椅子に座るまでの時間を計測する評価指標です。歩行能力だけでなく、立ち上がり、方向転換という複合的な動作が含まれるため、高齢者の転倒リスクや動的バランス能力を総合的に評価するのに非常に適しています。

TUGの基準値・カットオフ値

対象・目的基準値・カットオフ値出典・備考
地域在住高齢者(転倒リスク予測)13.5秒 以上Shumway-Cookら (2000)
運動器不安定症の診断基準11秒 以上日本整形外科学会
健常高齢者(移動の自立)10秒 未満Podsiadloら (1991)
💡 年齢別の正常値の目安

60代:約 7〜8秒
70代:約 8〜9秒
80代:約 10〜11秒
※複数の研究により幅がありますが、概ね加齢とともに延長します。

10m歩行テストの基準値と臨床的意味

10m歩行テストは、歩行速度そのものを純粋に評価する指標です。特に「歩行速度(m/s)」は生命予後や生活機能と強く相関することが知られています。

歩行速度臨床的意味・目安
1.0 m/s 以上地域社会で自立して生活できるレベル。一般的な横断歩道を安全に渡りきれる速度。
0.8 m/s 未満屋外での移動に制限が出やすい。サルコペニアの診断基準(AWGS)の一つ。
0.4 m/s 未満屋内生活が中心となり、外出には介助が必要となるレベル。

歩行速度の臨床的解釈(1.0m/s・0.8m/sの意味)

よく「1.0m/s」が一つの目標とされますが、これは一般的な青信号の点滅時間に横断歩道を渡りきれる速度(約1.0m/s)が根拠となっています。つまり、1.0m/s以上あれば、社会参加(買い物や散歩など)が安全に行えるポテンシャルがあるということです。

一方「0.8m/s」は、サルコペニア(加齢による筋肉量・筋力低下)の診断基準(AWGS 2019)における歩行速度のカットオフ値として用いられます。これを下回ると、将来的な要介護リスクや転倒リスクが急激に高まると解釈されます。

ただし、1.0m/sという数字は「安全」を保証するものではありません。実際の横断歩道では、信号のタイミング、人混み、荷物、雨、方向転換、段差といった要素が加わります。歩行速度は、生活の安全を測る一つの入口でしかありません。

TUGと10m歩行テストの使い分け

項目TUG10m歩行テスト
主な評価対象動的バランス、転倒リスク、複合的動作純粋な歩行能力、移動効率、予後予測
特徴方向転換や立ち座りを含むため、より実生活の「動作」に近い測定がシンプルで、歩行の質(歩幅、ケイデンス)の分析に優れる
こんな患者に屋内での転倒が多い、方向転換でふらつく屋外歩行の自立判定、体力低下のスクリーニング

臨床での活用のコツ

現場で活かすための5つの視点
  • タイムだけでなく「質」を見る:TUGで時間がかかっている原因は「立ち上がり」か「方向転換」か「歩行そのもの」かを観察する。
  • 測定条件を統一する:靴の有無、歩行補助具(杖・歩行器)の有無、事前の練習の有無など、カルテに条件を明記して再現性を担保する。
  • カットオフ値は絶対ではない:13.5秒を超えたから即転倒するわけではなく、他の評価(BBSや下肢筋力)と組み合わせて総合的に判断する。
  • 患者へのフィードバックに使う:「横断歩道を渡れる速度になりましたよ」など、具体的な生活イメージと結びつけて説明するとモチベーション向上に繋がる。
  • 最大歩行と快適歩行の差を見る:10m歩行で快適速度と最大速度の差が少ない場合、予備能(いざという時に素早く動ける能力)が低下していると解釈できる。

一番現場が割れるのは、歩行補助具の扱い方

TUG・10m歩行で最も現場の意見が割れやすいのが、杖や歩行器などの歩行補助具の扱いです。「補助具あり/なしのどちらで測定するか」「結果の解釈や施設間の比較をどうするか」で、セラピスト間・施設間の意見が分かれやすく、議論になりやすいポイントです。これは論文には書かれていませんが、現場では毎日のように起きています。

10m歩行では、助走路(前後2〜3m)の有無や快適/最大速度の選択に加え、補助具の使用で速度が大きく変わります。カットオフ値への影響が大きいため、測定条件を毎回同じにする、あるいは条件を明記して記録することが欠かせません。経過を見る場合は、前回と同じ条件で測定しないと改善・悪化を正しく比較できません。

数字より、どこで崩れるかを見る

TUGは、立ち上がり→歩行→方向転換→着座という一連の動作です。同じ13.5秒でも、その中身はまったく違います。12秒でも方向転換で3回立ち止まる人と、15秒でもゆっくりだが終始安定している人とでは、実際に転ぶのはどちらか、答えは一つではありません。

局面Aさん(12秒)Bさん(15秒)
立ち上がりスムーズやや時間がかかる
歩行スムーズゆっくりだが安定
方向転換3回立ち止まる終始安定
着座スムーズやや時間がかかる

タイムだけを見ると12秒のAさんの方が良好に見えます。しかし、方向転換で立ち止まる回数が多い場合は、追加の評価や生活場面での観察が必要になることがあります。

立ち上がりでは、体幹の前傾具合や腕への依存度を見ます。方向転換は最もハイリスクな局面で、きれいなUターンができているか、細かいステップを繰り返していないか、麻痺側・弱い側を軸にした危険な回り方をしていないかを見ます。タイムが良くても、ここが乱れている場合は要注意です。

生活では、「歩くだけ」ということはない

買い物袋を持ちながら、会話をしながら、荷物を抱えながら——生活の中の歩行は、常に何かと同時に行われています。単独での歩行は問題なくても、こうした二重課題の状況で明らかにふらつきや速度低下が出る方は少なくありません。日常生活では、この二重課題の場面こそが転倒の引き金になります。

必要に応じてTUG Cognitive(計算しながら)やTUG Manual(トレイを持ちながら)のような条件で評価すると、単独歩行では見えない課題が明らかになることがあります。スーパーで買い物ができる速度なのか、コンビニまで歩いて行ける目安なのか——数字を、本人の生活のどの場面に置き換えて説明できるかが、臨床での意味を持たせる鍵になります。

数字は結果でしかない
数字は結果です。転倒する理由は、数字の中にはありません。立ち上がりなのか、方向転換なのか、認知なのか——その人がどこで困っているのかを見つけることが、PT・OTの役割だと考えています。

現場でよくある質問

Q. 杖ありで測るべきですか、なしで測るべきですか?

普段の生活で使っている条件で測定するのが基本です。杖を使っている方は杖ありで、経過を追う場合は毎回同じ条件で測定してください。

Q. 補助具を変えたら、前回の記録と比較できますか?

単純比較はできません。補助具の変更は測定条件の変更にあたるため、変更した旨をカルテに記録し、参考値として扱ってください。

Q. 13.5秒を超えたら、必ず転倒しますか?

いいえ。13.5秒はあくまで統計的な目安であり、個々の患者が必ず転倒するという意味ではありません。動作の質や生活環境と合わせて判断してください。

Q. 最大速度で測るべきですか、普段の速度で測るべきですか?

目的によって使い分けます。転倒リスクの評価には快適速度、体力的な予備能を見る場合は最大速度も併せて測定すると、より多くの情報が得られます。

Q. TUGと10m歩行、どちらを優先すべきですか?

屋内での転倒や方向転換のふらつきが気になる場合はTUG、屋外歩行の自立度や体力を見たい場合は10m歩行が適しています。可能であれば両方実施するのが理想的です。

Q. 裸足と靴では結果は変わりますか?

はい。歩行速度や安定性に影響するため、毎回同じ条件で測定することが大切です。測定条件は記録に残しておくと経過を比較しやすくなります。

Q. 補助具を使っている場合でも基準値と比較できますか?

基準値は参考になりますが、補助具の種類や測定条件によって結果は変わります。基準値だけで判断するのではなく、同じ条件での経時的な変化を見ることが重要です。

この記事のまとめ
  • TUGの転倒リスクのカットオフ値は13.5秒、運動器不安定症の基準は11秒
  • 10m歩行での1.0m/sは横断歩道を渡れる目安、0.8m/sはサルコペニアの基準。
  • TUGは「複合的な動作とバランス」、10m歩行は「純粋な移動能力と予備能」を評価するのに適している。
  • 数字(タイム)だけでなく、動作の「質」を観察し、患者の生活に結びつけて解釈することが重要。
参考文献
  • Podsiadlo D, Richardson S. The timed "Up & Go": a test of basic functional mobility for frail elderly persons. J Am Geriatr Soc. 1991;39(2):142-148.
  • Shumway-Cook A, et al. Predicting the probability for falls in community-dwelling older adults using the Timed Up & Go Test. Phys Ther. 2000;80(9):896-903.
  • 日本整形外科学会:運動器不安定症の診断基準